ヨゼフ・ボイスを召喚せよ?!?

★11月15日
五時間半というシンポジウムで水戸に集まる人々は何を求めているのか
ヨゼフ・ボイスはスターなのか、ヒーローなのか、カリスマなのか、あるいはトリックスターなのか
フルクサス、アクション、コヨーテ、撃墜、欝、緑の党エコロジー、社会運動、社会彫刻、シュタイナー、堅実なドイツの精神と思想性
しかし僕がひかれるのは作品の身体性と儀式性、それが抽象的ともいえるレディメイドとしっくりフェティシズムで絡み合っている点だ。さまざまなアクションにも儀式的要素がある
作品の数は多く充実した展覧会だが、アクションの映像や写真をもっとみたかった。その意味でシンポの前にコヨーテ、何度も見たが、こういう姿がボイスを伝える。大画面での草月ホールの映像もよかったが
シンポの目玉は僕にとってはレネ・ブロック。コヨーテなどのアクションをサポートしたギャラリストで、生ボイスをよく知る人だ。発表の端々にボイスの存在が浮かぶ
詳しくはいずれ書くが、四方幸子、木幡和枝の挑発とともに、後半では椿昇、白川昌生ら発言者たちが社会的に闘う姿勢を出してきた。先日、武蔵小金井アートランドでやったボイスの会でも、ある映像作家から挑発的に盛り上がった。ボイスはどこか、そうやって、人を刺激する部分がある。
現在の状況に対してボイスを求めるのは、いわゆる芸術至上主義では立ち行かない状況をなんとかするのに、ボイスは有効だと感じるからかもしれない。ただ、エコでも、資本=芸術でも、ボイスを先駆として奉るのは、むしろボイス的でない身振りだろう

志賀信夫
★写真はシンポのラストに乱入したほ腹前進する遠藤一郎。バネルは司会の木幡和枝、レネ・ブロック、オイゲン・ブルーメの各氏