神曲『地獄篇』に地獄はあるか

★12月12日池袋・東京芸術劇場
この『神曲』は、犬、馬、巨大な風船、子供箱、球と四角など、インパクトある素材が次々現れる。ここには何か新たな表現が感じられる。エキストラ的人々、素人の群衆を含めて行われる殺戮は抽象化が図られ、ウォーホールを現代の神とするところも、面白い。舞台としてのインパクトはあり、それをここまで実現したことは、驚嘆する。
だが、本質的に何か新しいものが産み出されたのだろうか。例えば観客席を覆う幕の発想も、数年前のニパフ、日本パフォーマンスアートフェスで体験した。
キリスト教的文脈の『神曲』をかっての日本の文化人がありがたがってきたのは、近代信仰、意味もない幻想だと考えれば、というか、キリストを信じない私たちにとって、『神曲』を、神を信じるかのように、あるいは信じた前提で振る舞ってきた愚かしさに気付けば、むしろ違う受容を提示することをまずは欲するべきなのだろう。そこからこの作品の意味を探れるのではないか
★写真は引き続いて目黒川
志賀信夫