吉野辰海は新たな海に漕ぎだした

これは何だ。こんなもの見たことがない。ピンクの象の歪んだ顔。男根のような象の鼻に触れる裸の女が下にいる。象の後ろにまわると、そこには噛み付かんばかりの犬の顔。
吉野辰海は92歳で死んだ母の夢を見た。その姿は夢の中でなぜか、象の顔に重なっていた。どうしてだかわからない。
吉野は母の葬儀で泣かなかった。七十になるこの世代の男は、人前で涙を見せることは、絶対にできないと、思っていた。
そして最後に母が煙となって立ち上るのを見たときに、慟哭していた。
その母が、夢の中で象になっていた。
シュール、エロス、カリカチュア、いかなる言葉もまったくあたらない。かつてネオダダに身を起き、犬の像で再び注目された作家は、いま、明らかに、見たことのない新しい世界に足を踏み出している。
吉野辰海展@銀座・ギャラリー58、27日まで
志賀信夫