頑固@中野

頑固といっても、ラーメン屋じゃない。あの牛骨のがんこ何代目でもない。建て替え中の立ち食いソバ屋。中野駅前の一等地。前の前の会社時代、二十年以上前に時折行った店。特に旨くはないが、安い早い、そして葱入れ放題だから、二日酔いの朝、出勤前に通ったのだ。しかしいつも葱を山ほど入れて吐き気を蕎麦で抑えていたが、いつしか葱は先に入ってくるようになった。ああ。それからあまり行かなくなった
ともあれたぶん40年はやっている駅前の立ち食い蕎麦。北口にはうどんのような太い蕎麦のおばさんが営む立ち食い蕎麦屋がある。一茶庵系といったら大げさだが、独特の蕎麦とうどんで人気だ。この店ではおろし生姜があり、蕎麦にも生姜をというのが個性でかなり旨い。
以前は南口ガード脇にも一軒あったがなくなり、ホームの蕎麦と合わせて三軒になった。しかし二軒がチェーンじゃない駅は珍しい。チェーンは工夫があって味もいいのだが、古いオリジナル店は続けてきた職人的な味わいがある。
実はこの店は特に旨くはない。ただ硬めで薄いかき揚げが汁でしんなりしだすと、やはり立ち食い蕎麦の王道を感じるのだ。
ちなみに具の見えないカレーもある。
さて、このあたりは確か20年前に再開発の波が襲った。少し先の裏にあった太平山酒造という昼からやっている酒造元系酒場が火事になり、たぶんそれがきっかけだろう。以前は奥の路地に一杯飲み屋が立ち並び、二階には怪しげなバー。当時は毎日通った。それがビルになり上はフィットネスクラブ。ただ地下には当時の店が入り、モツスープの名店も残る。
しかしこの立ち食い蕎麦はそこに入らず、周囲がビルになるのに、一軒だけ当時のままだった。恐そうで無愛想な親父がずっとやっている。
先日工事が始まったときには、ああ親父が引退して売ったか、ついに!と思った
そうしたら驚いた。前の店のような古い外観の店が建ちつつある。なんじゃこりゃ!?
中を覗くとカウンターの位置こそ違え、明らかに前の立ち食い蕎麦じゃないか。それも平屋。こんな駅前の一等地、五階建てでも建てるのが普通。土地が借地でも、賃貸料でのんびり食える。それを敢えて。見ると作りはモルタルだが前面だけ木で古い感じを出す。ナンジャタウンのセットのようだ。呆れるとともに親父の頑固に脱帽した
交番のおまわりさん曰く、なくなると困るんですよね。夜は飲み屋になるらしい、と。開店したら何気に行きたい。でも、きれいになったとか何もいわずに、前からずっとこうだったように、天麩羅蕎麦、いや漢字は似合わない、てんぷらソバと頼み、無言ですっと食べ、ごちそうさんだけをいって、立ち去ろう
それがこの頑固親父に対する一番のオマージュなのだ
志賀信夫